LOOP王国への返信

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>ただ、いまのライトノベルはほとんど読んでおらず、SFやメフィスト系もあまり読む気がせず、自分で書いてみる気力もなくなってしまった、ようです。言葉の端々にさびしさがにじんでる感じでした。

いや、そこまで言うといいすぎデス(^^;)
面白いと思う作品があれば読みますよ。それが無いと言ってるだけです。
たとえば乙一ならハードカバーでも買いますよ。
たとえば、星界に新刊が出ればすぐ買いますし。
コミックは定期的に買ってる作家もいるし、追いかけてる作品もある程度の数はありますし。


もちろんラノベで面白いのも多いでしょう。優れた作家も出てかもしれません。
しかしね。自分を変えてくれるような作家がいますか?
見方が揺さぶられる作品がありますか?
眼鏡萌えでもかまいませんが、動物化といえるような、閉じたワッカの中の「感動」を味わうために
わざわざ貴重な時間を提供しても、意味が無いと思っているのですよー。
メイド可愛いかもしれない。「ふにゃーん」って転ぶと萌えるかもしれない。でもその瞬間を「機械的に感動する」だけじゃないですか?
それが、動物化だし、けっきょく麻薬といっしょですよ。脳内麻薬精製装置。
感動、泣き、いいでしょう。ミステリの謎解きの知的興奮、いいでしょう。
小説を読む人間が、「暇つぶし」「ひと時の快楽」で読んでるのですが、それで充分でしょう。
でも、それは読者であって、作者の側もそれでいいのでしょうか?
べつに、増田さんの趣味をどうこう言うつもりはありません。


以前、最近のラノベは読んでも「何も自分自身が変わらない」って話が、みさげはてた(略)さんのとこでありました。たしか人工事実さん経由で読んだ記事です。
以前ループ王国の日記で出た「SFとラノベのグレーゾーンの話」もそのことの延長線と自分は考えました。


「小説家」は「小説を読んでいても」小説は書けないものじゃないでしょうか?
むしろノンフィクションを読むべきじゃないか。
キャラ小説の書き方で、大塚さんが、ラノベを読むぐらいなら、昔話を読んで、雛型を学んだほうがいいと書いてました。
電撃文庫の加奈妹ぱくり小説を書いた人なんか「わたしは小説なんか読んだことはありません」と書いてました。あれは皮肉半分のジョークだと思いますが、


逆に、小説家が小説を読んで、小説を元ネタに小説を書いてるのが、現在のラノベ文化だと思えませんか?
それは別にいいかもしれない。引用の多用が、ポストモダンなのだし、それは現在とマッチしてる。
GAINAX庵野さんが、最近のアニメータの新人は、アニメをコマ送りして動きを勉強してる。けしからん。と言っていたそうですが、自分は同じ話だと思います。


>百万の創作理論も、実践あっての物ですし……
別に、自分は創作論とかそんなのもにはなんの興味もありません。
「創作とは何か? を人工知能として考える」なら、すごい興味があります。
そもそも自分が一番興味があるのは、知能とはなにか? です。かえすなら、人間はなにゆえ人間か?です。
創作をするまえに、自分が不思議だと思うこと。伝えたいと思うことがまず大切だと思ってます。
そのための手段の一つが小説を書くことであって、
今は、ノンフィクションの本、たとえば社会現象とか人工知能関係とかを読んで、新しい見方や知識を得て
新しい発見をすることが楽しかったりします。
楽しいことをしてるだけです。小説が楽しければ読むかもしれない。それだけのことです。
むしろ、創作をするためには、そのほうが大切だと思いませんか?
小説を書くために小説を読むのは、たんに技術論の話でしかないと思いますよ。


>しかし、「やる気」ばかりは、他人にはどうすることもできません。
> 「私の意欲もいずれ枯渇するかもしれん」と恐くなりました。
 もともとやる気があったのかは妖しいですが(^^;)
 ただ、こういうふうに睡眠時間削って、毎日日記書いるので、やる気が無いわけでは無いと思うのですが(^^;)
 表現手段は色々ですよ。次期がくれば書くかもしれない。書かないかもしれない。
 自分のやりたいことをやるだけです。義務ではないし、とりあえずことだまと混沌回路の冬コミの原稿を書きますけど(^^;)
 自分は小説を書こうと思ってすごした時間は、まだトータルで3年ぐらいのものです。年齢は30超えてますが、まだまだひよっこですよ。スニーカーに投稿したのだって初めて書いた長編だし。
 ネタは枯渇はしてないと思いたいのですが(^^;)


#ちょっと曲がって受け取ったかもしれんけど、一応反論しておきます